“持つ”から“巡る”へ ─ 北欧リセール革命、Mai Resale共同創業者Emmaが語る新しい価値観

ランチの約束をしたとき、久しぶりすぎてほんの少し緊張した。

Emmaとはもともと知り合いだったけれど、最後に会ったのはいつだったか、もう思い出せないくらい時間が経っていた。彼女のことは、ずっと頭の片隅に残っていた。彼女がやっていたのは、スウェーデンに移住してきた人たちとスウェーデン社会をうまく繋ぎ合わせるサービス、Welcomeだった。移民という、社会の中で居場所がなかなか見つけられない人たちとスウェーデン人がつながれる場所を作ろうとしていた。当時の私の目には、ビジネスコンサルタントとして経験を積みながら、社会課題に正面から向き合う彼女の姿が、静かに美しく輝いて見えた。

ストックホルム中心部のレストランで彼女を見つけたとき、少し印象が変わっていた。同じ優しい笑顔なのに、どこか落ち着いた重みが加わっていた。2児の母になったと聞いて、なるほど、と思った。自分の経験も含めて、やっぱり、子どもを持つ前と後では、人は大きく変わる。選ぶものが変わる。優先するものが変わる。そして、何が本質かについての感覚が、研ぎ澄まされていく。


「大それたミッションがあったわけじゃないのよ」

Emmaに久しぶりに連絡したのは、今彼女がしている活動に猛烈に興味をもったから。

そう彼女はMai resaleという会社を立ち上げたCo-Founderになっていた。

Maiはスウェーデンを拠点とする、キュレーション型のセカンドハンドリセールプラットフォームだ。個人が大切にしていた洋服を売買できる場所で、Toteme、Arket、Filippa K、Acne Studios、COS、& Other Stories、By Malene Birgerといった、北欧スタイルを体現するブランドが主に流通している。ただ売買できる場所ではなく、洋服の価値を再編集し、長く循環させることを目的に設計されている。

どうして始めたのかを聞くと、Emmaは少し照れくさそうに笑った。

「そんな大それたミッションがあって始めたわけじゃないのよ」

友人のワードローブに、着なくなった服が溜まっていた。質は良い。デザインも素敵だった。でも今の自分のライフスタイルには合わなくなって、ただタンスの中で眠っていた。その溜まっていく洋服たちはそのままそこにあるだけだった。売ろうと考えても、なんとなく面倒で手が動かない。そうこうしているうちに季節が過ぎて、価値が落ちていく。

「それを私が代わりに、その時あった既存のプラットフォームで売ってあげたことがきっかけなの。色んなプラットフォームを使ってみたけど、そういうプラットフォームって何でもかんでも売ることができるから、ぐちゃぐちゃしているでしょう。だから質の良い服を、売るのが簡単なプラットフォームを作ることしたのが始まりだったの。手作業で入れてた商品情報とかを簡単に出来ると思ったのよ。

デジタル化で情報入力や取引の手間を省いて、オートメーションして、手軽に売買できることで、せっかく丁寧に作られた洋服たちの価値を長く保てるようにしたかったのよ」

起業の話をするとき、人はしばしば壮大な動機を語る。

世界を変えたい。業界に革命を起こしたい。でもEmmaが話してくれたのは、友人のタンスの中の服の話だった。そのスケールの小ささが、私には何よりも信頼できた。


キュレーションという編集行為

スウェーデンにはすでに多くのセカンドハンド売買プラットフォームがある。Vinted、Vestiaire Collective、Tradera、Grailed、Blocket、Marketplace。それぞれに特徴はあるが、Maiが明らかに異なるのは、「キュレーション」という概念を持ち込んでいること。

何でも売れるわけではない。流通するブランドは選ばれている。それは排他的な意図ではなく、「長く持たれることを前提に設計されたブランド」という基準がある。ファストファッションは流通しない。衝動買いを促すような価格帯でもない。長く愛されることが想定されたものだけが並ぶ。

これは単なる品質管理ではなく、一種の編集行為だと思う。

 

そして大きなブランド、例えばFillipa Kなどが公式サイトに「弊社のPREOWNEDはMAIのプラットフォームで見つけられます」と公表するほどに信頼を勝ち得たのがMaiというプラットフォーム。

 

Casa BRUTUSが「好きなものを並べること」で美意識を形成するように、Maiは「流通するものを選ぶこと」で、プラットフォームそのものの哲学を表明している。並んでいるものが、そのままプラットフォームの価値観になる。

Emmaはユーザーの構成についてこう話してくれた。

「ユーザーの7割がどこかで新しい服を買ってMaiを使って売っていて、3割が売りもするし買いもするリピーターかな。人の価値観を変えるのは難しいけど、TotemeとかArketとかAcne Studiosが好きな人は存在する。その洋服たちを次に回すというニーズはあるみたい」

ワードローブ(クローゼット)をすっきりさせて、別のものを入れるという考え方が、すーっと心に響いた。


ワードローブは、所有物の集積ではない

私は長い間、ワードローブというものを「自分が持っているものの総体」として捉えていた。増やし、管理し、整理する対象。

でもEmmaの話を聞いていると、ワードローブは「今の自分にとって意味のあるもの」が通過していく場所なのかもしれない、という感覚が湧いてくる。

洋服はある時期の自分に必要とされて、その役割を終えたら、同じ美意識を持つ誰かへと渡っていく。特に女性は妊娠や出産や年齢で体型が大きく変化する。その時に必要とされる洋服も変わってくる。

DesignerたちがTotemeの一着に込めた思考は、最初の購入者だけのものではなく、それを受け取った人へと引き継がれる。その連鎖の中で、洋服は複数の「今」を生きる。

Maiはその連鎖を、流れやすくする装置のような存在。

個人間のやりとりを手軽にし、価値の判断をキュレーションという形で肩代わりすることで、「手放す」という行為のハードルを下げている。

手放すことが難しいから、人は溜め込む。そして誰でも面倒臭いことは避けがちだ。

溜め込んだものは、少しずつ存在価値を失っていく。Maiは衰退を防ごうとしている。

「持つこと」は手段だったかもしれない

この対話を通じて、私が向き合ったのは「所有」という概念そのものだった。

なぜ私たちは、ものを持ちたいと思うのか。

 

新しいバッグを買うとき、新しいコートを選ぶとき、その瞬間に私たちが求めているのは何か。

「バッグそのもの」ではなく、そのバッグによって生まれる自分の感覚、あるいは自分が何者であるかの表明、あるいは単純に、今の自分にはこれが必要だという直感、ではないだろうか。

もしそうなら、「持つこと」は目的ではなく手段だったのかもしれない。

自分にとっての新しさ、自分にとっての意味、自分にとっての美しさ。

それが手元にある状態が続けば、所有はその役割を果たす。

でも役割が終わった後も持ち続けることは、もはや「持つこと」の本質ではない。それはただの慣性だ。

Emmaはそれを理論として語ったわけではない。ただ友人のタンスの中の服が眠っていたという現実から出発して、それを動かすための仕組みを作った。でも結果として彼女がやっていることは、所有という概念の再定義に近い何かだと思う。


質を選ぶことと、手放すことは矛盾しない

ここで一つの疑問が生まれるかもしれない。

「手放すことを前提にするなら、最初から良いものを選ぶ意味はあるのか」

私はある、と思う。

むしろ逆で、良いものを選ぶからこそ、次の人に渡す価値がある。

Maiが流通させるブランドは、長く持たれることを想定して作られている。

素材の選択、縫製の密度、デザインの普遍性。

それらは「5年後に誰かに渡ったときにも美しい」という条件を、暗黙のうちに満たしている。

安く作られた服は、誰かに渡っても喜ばれない。

価値が次の人にとっても価値であるために、最初の選択が重要になる。

つまり「良いものを選ぶこと」と「手放すこと」は矛盾ではなく、一つの連続した哲学になりうる。

選び、使い、渡す。

その全体が、ひとつのワードローブの生き方になる。


ランチの後で考えたこと

Emmaとのランチは、あっという間に過ぎ、それだけは足りないほどだった。

外に出ると、ストックホルムの午後の光が斜めに差していた。

まだ肌寒いが、春の光が戻ってきた。

角度が低くて、少し遠慮がちで、でも確実に何かを照らしている。

帰り道、私は自分のクローゼットを思い浮かべていた。

何年も着ていない服が、何着かある。

気に入って買ったのに、今の自分の生活スタイルには合わなくなったものが。

それをずっと「もったいない」「いつか使うかもしれない」という感覚で手元に置いていた。

でも本当に「もったいない」のは、その服が誰かに着られることなく、ただ吊るされていることではないか。

「持つこと」が手段だったとしたら、今の私にとってその服は、すでに役割を終えているのかもしれない。

そしてどこかに、まだその服を必要としている誰かがいるのかもしれない。

私はまだ、答えを出していない。

 

Mai resalehttps://mairesale.com/en

 

キュレーション型セカンドハンド / 北欧ファッション / ストックホルム発 / ワードローブ循環 / 北欧デザイン

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