余白が、豊かさになる。北欧Lagomラーゴムの美意識と、ものの選び方

余白が、豊かさになる。北欧Lagomラーゴムの美意識と、ものの選び方

 

スウェーデンに旅行来た人がよく言うことがあります。「街に広告が少ない」「さっぱりしている」「部屋に、ものが少ない」と。

空っぽなのではありません。必要なものは全部ある。こだわっている人もかなりい多い。でも、余計なものがない。その「なさ」が、妙に心地よい。

スウェーデン語に「Lagom(ラーゴム)」という言葉があります。辞書を引けば「ちょうどよい」と出てきます。でも北欧で生活してみると、この言葉の意味はもっと積極的なものだとわかります。ちょうどよい、というのは妥協ではなく、「過剰を意識的に退ける選択」なのです。カフェでコーヒーを買った時「ミルクはどのくらい入れますか?」という質問に対して「Lagom(ラーゴム)」と答える人は少なくない。入れすぎずちょうどいい感じ。

 

「足す」より「選ばない」

北欧のデザインが美しい理由のひとつは、そこにあります。何を足すかより、何を選ばないかを先に考える。部屋でも、プロダクトでも、ライフスタイルでも。引き算の積み重ねが、あの独特の余白を作ります。

日本の民藝運動が「用の美」と呼んだものと、どこか通じています。柳宗悦が美しいと感じたものは、作ろうとして作られたのではなく、誠実に作られた結果として美しくなったものでした。意図より前に、誠実さがある。Japandiという日本の建築デザインと北欧のインテリアデザインがマッチすることで生まれた言葉があるように日本にもどこか共通するものがある。

そしてLagomもそれに似ています。見せるための簡素さではなく、必要なものだけを残した結果として生まれる静けさです。「足るを知る」という言葉もどこか通ずるところがあります。

 

素材もラーゴム

買い物をするとき北欧の消費者の目は光ります。どんな素材で作られているのか、どこで作られているのか。使う素材選びも効率がいいから、安いから、たくさん取れるから、生産側がそんな理由で選んでいると消費者の共感は得られません。どれだけ長く使えるか、循環する素材なのか、そんな選び方をする人は少なくありません。

 

選ばないことで、見えてくるもの

空間に余白があると、一つひとつのものがよく見えます。

机の上に何もなければ、置いたカップの形が美しく見える。壁に何も掛けなければ、窓から入る光の動きが見える。そういう「見え方」は、詰め込んでいるときには気づけないものです。日本の和室もそのような美的意識がある例の一つかと思います。

買い物も、似ているかもしれません。選択肢を絞ること。吟味して選び、長く愛すること。持つ数を減らすこと。その「なさ」の中で、残したものがより深く見えてくる。

「これを選ぶ理由を、語れるか」という問いは、北欧的Lagomの問いでもあります。

 

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